日本建築・日本の街を考えていきます。(岩井慎悟)


by 100nenya
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カテゴリ:日本の家を考える( 13 )

世界遺産に指定された白川郷の合掌(がっしょう)造りなど、農村部では、その地域の風土や用途に合わせたさまざまな民家が作られていった日本人の住まい(家)の形ですが、都市部では、いわゆる『うなぎの寝床』と呼ばれる奥行きのある道にそってぴったりと軒をつらねた町家の形が一般的です。
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なぜ、このような住まい(家)の形になっていったのでしょうか?
それは、江戸時代に、『公役』と呼ばれる税金が建物の間口(入り口)の幅に応じてかけられたのでこうした町家では間口(入り口)に対して奥行きが長い『うなぎの寝床』と言われる形が多くなったのです。
そう、現代で言うところの節税です。
そして、この税金のシステムを考えた当時の政治家もスゴイ!
今現在、国道沿いの店舗を計画するにしろ、商店街の中の店舗を計画するにしろ、間口が広い方が集客力に優れ、出来る限りそのようにしたいと思うのが一般的です。
そこに目をつけ税金をかけ、都市の秩序を保たせたのには感心します。
もう少し詳しくその『公役』と呼ばれる税金を説明しますと、町地には上・中・下の3ランクがあり、幕府は、公役(くやく)として御用を勤める町料理、砂利、御畳などの人足役を家持から家屋敷の間口(建物の幅)に応じて提供させました。賦課基準は「上」は、間口5間あたり、「中」は、間口7間あたり、「下」は間口10間あたり、それぞれ年間15人に定めていました。
そして後に人足徴発から銀納制に変更され、町奉行所で必要とする人足の賃銭、町役は寺社への初穂料や町奉行以下諸役人への礼銭、橋梁修理費<掃除費などを、公役銀(くやくぎん)を徴収する形となりました。
余裕のある家は、間口を大きく取れましたが、やはり庶民の感覚としては、負担にならないよう税金の少ない間口を小さくとった家の形の中で、日照や風通し、また生活しやすさなど、いろんな工夫をしていったのが、奥行きが長い『うなぎの寝床』の町家です。
そんな風な視点から町家を見てみると、現代の私たちにとっても親しみやすく、また当時の人たちの生活の知恵をより近い感覚で感じられます。
狭小住宅といった今の日本の都市の住宅のヒントもたくさん見つかるかもしれませんね。
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by 100nenya | 2005-06-28 22:08 | 日本の家を考える
古民家を再利用する目的として、やはり住まいは住まいとして利用するのがベストだとは思いますが、どうしても別の用途として再利用するケースもでてくると思います。
また、現在建っているその地で補修・改築し再利用する他、移築などをし再利用するケースなどさまざまです。
まず、そんな用途、目的を明確にした上での、事前の調査は非常に重要です。
全体移築などの場合、それに耐える部材か?仕事の程度はどうか?単に古材の部分的な利用なのか?また補修や改築の場合でも、どこを補強するのか?どこをなおすのか?など十分に現況を把握した上で検討することが大切になってきます。
古民家の木組は「総持ち」の構造で構成されているため、部分的な利用や一部をカットして用いる場合には、構造的なバランスや補強の再検討は必須です。
価値ある建物、価値ある部材を譲り受けるために、最低限必要な費用というのも発生してくるケースがあります。再利用を前提とした解体費・調査費、また移築の場合などは部材保管費・運搬費など新築工事にはない経費が必要となったりします。
また譲り受ける人とそれ以前の住まい手、また地域住民の方、解体を担当する地場の職人さんと補修工事や移築工事をする職人さんなどとのしっかりとした連携・つながりがばければ、工事も完成後の管理もうまくいかないため、そういった人との関わりは新築以上に大切であることは、理解しておかなければいけないと思います。
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by 100nenya | 2005-06-18 08:11 | 日本の家を考える
古民家で使用されている材は樹齢200年を超えるものも多く、完全に乾燥している上、強度も十分あるので、現在流通している若木の未乾燥材などとは比較にならない良材を使っていることになります。
また現在輸入材が多くのシェアをしめている現代の住宅ですが、古民家では純国産材、つまり日本の地で育った木が骨組になっているわけですから、日本の気候・日本の風土で建つ家として使用する材としては、当然ですが最も適しているわけです。
また、現在では集成材になってしまっている梁などの大断面部材が無垢の木材になっているので、小屋組一つとってみても重みのある文化を感じる空間になっています。
建具などの造作物には、手入れのされたすばらしいものも多く、一つの文化として使用し続ける価値は大きくあると思います。
更に、これらの職人が手間を十分かけることが出来た時代の仕事や技術を、補修・補強、また解体・復元などの工程を通じて次の世代に引き継げることの意義も大きいですね。
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by 100nenya | 2005-06-17 07:43 | 日本の家を考える
『ザ!鉄腕!DASH!!』などのテレビ番組や雑誌などの影響もあって古民家での生活・暮らしに憧れている方も最近では増えてきているように思います。
それでは、実際に古民家に住む為には、どのようなことを考え、どのような方法で実現していけばよいのか?
まずは、当たり前ですが、やはりそのような物件を探すことから始めないといけません。
自分が暮らしたい地域、田舎に実際に行ってみると、けっこうそういう物件の立て看板を目にします。
古民家や町家を得意にしている不動産屋さんもあるので、そういうところで探すのも一つの手段だと思います。
実際に物件が見つかったあと、古いその地域の人たちとの交流といった問題もありますが、私は建築のプロとして、もう一つの問題である建物の補修や修繕といった面での説明を少しします。
まず、建物の状態は、物件によって様々です。
軸組をそっくりそのまま利用できるほど良い状態で残っている古民家の場合は、多少の部分補修をすることですぐに利用し住まうことが出来ます。
座敷や居間などで、大黒柱や梁などの構造材が立派でしっかりしている場合も、痛んでいる部分の骨組のみを補修または補強・取替えることで十分に利用することができます。
また、そのまま建物を利用するには痛みがひどい場合でも、大黒柱や差し鴨居などの大断面の材は削り直して利用したりしながら、補修を最小限にしながら利用することもできます。
建具や欄間などで優れたものはそのまま活用できますし、煤竹などは価値が高く、歴史を肌で感じるものは手を入れたり換えたりする必要はないでしょう。
あとは、自分の生活スタイルがどの辺りまで現代の生活から切り離すことができるかによって、補修や改築の度合いが変わってくると思います。
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by 100nenya | 2005-06-16 00:04 | 日本の家を考える
使用されていない古民家は、探せばけっこうあるものです。
そんな使用されていない古民家を手に入れ、あるいは借り、補修や手直しをし、時には他の場所に移築することによって、それをもう一度活用したりして、新たな建築として蘇らせて利用することは、価値ある日本の文化、日本の暮らしの文化、日本の住まいの文化を引き継ぐという大変、重要な目的を含んでいます。
その民家が最初に建った時代と、今現代での生活スタイルは大きく変わり、建物の性能のうち、利便性や衛生などの面では改善しなければいけない点も少なくないですが、建物そのものの構造体の耐久性や屋内空間の快適性などの点では、日本の気候や風土から生まれた暮らしが凝縮した形で反映されており、引き継いでいく価値は十分にあります。
マンションや建売住宅をはじめ今の私たちの住まいは、身の周りに電力で動く機械装置に囲まれた箱の商品化住宅が多く、それらと自然の材料で構成された古民家を比べたとき、人間本来の居住空間に適しているのはどちらなのでしょうか?
まだまだ寿命のある丈夫な骨組みの使われていない古民家は、生きた家として再利用を考えて生きたいですね。
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by 100nenya | 2005-06-15 10:36 | 日本の家を考える

さまざまな日本の屋根

我が国日本でいろんな材料の屋根が使われ始めたのは、近世(江戸時代)あたりからです。
屋根材料が豊富になると、各地方・地域で特徴をもった葺き方、仕上げ方や屋根構造が見られるようになっていきます。
屋根材料には、茅(カヤ)、麦藁、稲藁、檜皮(ヒワダ)、杉皮、杮(コケラ)、栩(トチ)、本瓦、桟瓦、銅板、石などがあり、それぞれ屋根勾配、下地、小屋組みなどが違っています。

茅葺・・・主に葭(ヨシ)や芒(ススキ)などの草で葺かれた草葺き屋根の総称で、茅葺には、茅だけで葺く場合と、麦藁などを混ぜて葺く場合があります。屋根勾配はたいへん急にしなければいけなく、最低45度以上で、積雪の多い地域では、それ以上にしなければいけません。たいていは、真葺き(マブキ)と呼ばれる方法で茅の根元を下にして葺きますが、耐久力の良さを優先して穂先を下にした逆葺きにする地方もあります。
近年では、防火に対する弱点や茅場と呼ばれる茅の採取所の減少、維持管理に労力とコストがかかるなどの要因で草で屋根を葺くことは少なくなってきています。
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板葺・・・木の板材で葺かれた屋根の総称で、薄い杉や檜、クリなどの板を重ねて葺き、木や石などで押さえたものを杮葺(コケラブキ)、それより厚く長い板の場合は栩葺(トチブキ)と言います。
耐久性は低く10年程度で葺き替えが必要です。
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瓦葺・・・江戸時代中期以後の江戸では、桟瓦が発明されて防災、防火のために普及しました。屋根勾配は、茅葺や板葺に比べ緩いため、小屋組みは和小屋とし、瓦の下の葺土も重いので野地板も厚いものが使われます。武家住宅では瓦葺がふつうであり、京都や西の民家でも瓦葺は多くあり日本の屋根の代表的な形とも言えます。しかし、最近ではコストや建物の耐震性などの面からより軽く安価な屋根材料に押され新築の家での普及はどんどん少なくなっていってしまっています。

杉皮葺・・・江戸時代、杉の植林をするようになると、山地では茅葺とともに杉皮葺が多くなりました。杉材を切り出してその皮を利用するので安価ではありましたが、神社や貴族の住宅などの上等の屋根は檜皮葺としていました。
戦後は乱伐のため寿命の長い杉皮が採れなくなり、金属板葺きにとって代わられていきました。
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by 100nenya | 2005-06-01 21:12 | 日本の家を考える
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歌舞伎は17世紀初めに出雲から京に出て念仏踊などを演じた出雲阿国が祖と言われています。
最初は能舞台を借りて演じられていたそうですが、庶民に受け入れられ盛んになってくると、歌舞伎専用の劇場が必要となってきます。
2階・3階の桟敷をもつ劇場(芝居小屋)が出現したのは、18世紀初めの江戸だそうです。
当時の町奉行の指示の中に、「芝居の屋根は、近年は雨天でも興行できるようになっているが、従来通り軽微なものにせよ。」という項目があったそうです。
雨天でも興行できる小屋全体を覆う大屋根をかけた建物は、いうまでもなく当時としては有数の大建築でした。
現代と違い、娯楽の少ない時代、歌舞伎は庶民から圧倒的な支持を受けており、できるだけ大勢の客を集客したいということから大屋根の大建築になっていったのだと考えられます。
亀甲梁と称する組合せ梁など、大空間を作り出すための建築技術など、新たなニーズが新しい建築を生み出すのは今も昔も変わりません。
現代の私たちのニーズが、またマンションや高層ビルとは違う新しい建築を生み出すのかもしれませんね。
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『金毘羅大芝居(金丸座)』・・・江戸時代の大規模な歌舞伎劇場で唯一現存しています。天保6年(1835)の上棟で、現在は移築して保存されています。セリやスッポンといった舞台装置も見ることができ当時の熱狂振りを感じることができます。
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by 100nenya | 2005-05-02 00:08 | 日本の家を考える

京間と田舎間

日本の木造建築の基準モジュールとして畳の寸法が長く利用されてきましたが、畳の寸法は京間や田舎間を始め、地方によって異なっています。
『京間』は別名『本間畳』といい、京都を中心に大阪・瀬戸内・山陰・九州で用いられてきた基本尺で畳の一枚の大きさが長さ6尺3寸×幅3尺1寸5分(1909×955㎜)で、部屋の大きさが変わっても畳一枚の大きさは一定である。
この京間の畳を使った建物の計画(間取り)を『畳割り』と呼び、あくまでも畳の寸法を優先して柱の位置を決めていきます。
だから京間で計画された家同士であれば、6帖の部屋から3帖また8帖の部屋に引っ越したとしても、畳は前に使っていた畳を持っていって使うことが可能です。

『田舎間』別名『関東間』・『江戸間』は、京間の1間=6尺5寸に対して、1間を6尺(182㎝)にとります。で、何より京間と違う点は、田舎間の場合、『柱割り』という柱間(柱と柱の間の心々寸法)を6尺5寸(197㎝)と基準にした建物の計画(間取り)をしていくので、6帖と8帖の部屋では畳のサイズが微妙に違っていて、違う大きさの部屋では同じ畳を敷くことはできません。

また他に『中間(ナカマ)』という、柱の心々寸法1間が、京間の6尺5寸と田舎間の6尺の中間にあるもので、地方によって実寸法が異なっていたりするものもあります。
その他、近畿や中国地方で使用されている『安芸間(アキマ)』、京都御所内で平安時代以降用いられたといわれる畳『御所畳』、中世の上流住宅で使用されたといわれる『昔畳』と呼ばれているものなどあります。

ちなみに、茶室の畳などは、京畳を使用します。
炉の大きさや茶道具のプロポーションは、京畳の大きさ(長さ191×幅95・5㎝)に合わせて決められているので、面積比で20%以上も小さい関東間の畳はこのプロポーションに合わないのです。このため茶室の畳は京畳で考え、最悪の場合でも点前(テマエ)畳は京畳としなければなりません。

畳一つとっても、その時代やその地方、また用途によって違っていて、その違いを見ることで、その土地の風習や感覚、考え方などが見えてくるようでおもしろいですね。
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by 100nenya | 2005-04-29 00:02 | 日本の家を考える

座敷の畳

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中世・近世では、居室の床は板敷きが標準であり、将軍や大名は、『置畳』といって広い部屋の一部に寝具や座具として畳を置いて使用していました。
室町時代に書院造りが完成されてからは、小さな部屋から室内全面に畳を敷き詰めるようになり、『置畳』と区別して『敷畳』と呼ばれるようになりました。

畳が敷き詰められた部屋は『座敷』と呼ばれ、畳敷様(タタミジキヨウ)という畳の敷き方の方法も定められました。この畳敷様は祝儀敷と不祝儀敷というハレとケに対応した敷き方の文化を生み出し、今日も座敷の空間特性を決める重要な要素の一つとなっています。

そんな畳は、畳床に畳表を被せて縁を付け、床一面に敷き詰める建築材料で、主に藺草(イグサ)・藁(ワラ)・布などを用いてつくられます。
高温多湿の日本の風土に最も適した床材の1つとして、今日まで広く使用されていますね。
畳床の藁(ワラ)も畳表の藺草(イグサ)も中空のストローのような構造であるため、弾力性・断熱性・保温性に優れ、適度に水分を吸収して乾燥時に吐き出す、湿度調整の機能も併せもっています。
開放的な住まいにとっては長所の多い畳ですが、現代の高気密住宅(特に鉄筋コンクリート造の共同住宅)では、逆に保湿性能の高さがダニの生育条件に適した環境を生み出す可能性もあります。
清潔に感じる現代の家(住まい)の方がシックハウスのような問題が多いようです。
意匠とは本来、その土地の風土や材質など考慮していってたどり着いた答え(知恵)ですから、やはり、とってつけたようなものは欠点を抱えていることが多いですね。

マンションなどの高気密住宅に暮らされていてシックハウスでお困りの方、だからと言って畳のせいにしないで下さい。ただ現代の考え方と、昔の考え方のベースが違っているだけで、マンション業者などはそこまで考慮はしていないのは当たり前です。
マンションなどのこの畳のダニの予防としては、部屋の通気をよくし、春秋の天日干しは無理にしても、畳を少し持ち上げて風を通すだけでも効果はあるので、是非、身体を動かし、現代なりに対策をしてみて下さい。
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by 100nenya | 2005-04-26 00:49 | 日本の家を考える

酒倉の造り

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伏見の酒倉の造りは、以前に掲載した記事のように、他の蔵の造りのような海鼠壁(なまこかべ)を使わず、外壁は赤黒く塗られた縦板を高く張り上げ、壁の上部(破風と軒下のわずかな部分)は白漆喰が細く塗られています。屋根は桟瓦葺きで、全体的に見ると実用に徹底した簡素な造りになっています。
これが一見地味なようですが、黒白の階調が明快なので、意外に派手さを感じる意匠なのです。
京都の『簡素の美』というか京都の美学を表している一面だと思います。

町家や日本の古い民家でも、日本の建築と言えば、柱や梁などの構造材が露出している真壁つくりという工法になっているものが多いのですが、蔵造りというのは、元来、耐火性という目的があるので外壁はそういった構造材が露出していない造りになっていることが多く、この伏見の酒倉も外部に構造材が露出していない構造となっています。
内部は、逆に真壁の漆喰塗で、柱や梁・また小屋組まで全部露出しています。

伏見の酒倉は、他の蔵とは違い、耐火性はそんなに必要とされなかった為、海鼠壁を使わず板貼りにしていると説明しましたが、ではなぜ、構造材を露出していないかと思う方もいるかもしれませんね。
それはベースとなった土蔵の蔵造りのもう一つの特徴『断熱性』というところに伏見の酒倉は着目し、酒倉に土蔵造りを取り入れ、必要のないところは簡素化したんじゃないかと考えられます。
酒造りは、新米の入荷する11月ごろからで、要するに気温が高くない冬のものです。
断熱性がよければ、酒造りをする期間を前後に延長することが出来る。
そんなことが考えられたんじゃないでしょうか。

四季造と呼ばれるように今の酒造は更に酒造期間を延長できるように、現代的な酒倉へと変わり、今はもう現役でない酒倉も多く、空家やただの倉庫となってしまっている現状は、前回書いたように伏見の酒倉や街並みがマンションへと変わっていくのを更に後押ししています。

本来の目的とは違いますが、酒倉を飲食店に改造しているお店も伏見にはあり、繁盛しているようです。
全ての人が利益のみの考えを捨て、また刹那的な快楽だけの考えを捨てることが出来るのなら、まだまだ現役で活躍できる酒倉もあるのかもしれませんが、それは難しく、そういった『コンバージョン』と呼ばれる建物の用途を変えることで建物にもう一度活気と役割を与える方法も、時には必要なのかもしれませんね。
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by 100nenya | 2005-04-20 01:05 | 日本の家を考える