日本建築・日本の街を考えていきます。(岩井慎悟)


by 100nenya
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鎌倉時代から南北朝時代にかけては、住まいづくりに使われていた工具もあまり変わりなく、鋸(のこぎり…木目に直角に挽く横挽き)、のみ、やりがんな、手斧(ちょうな)、斧など基本的な違いはほとんど見られません。
しかし、それが、15世紀から16世紀によって、設計や工事の技術に飛躍的な発展が可能となりました。
まず15世紀の中ごろに、大鋸(おおが)と呼ばれる縦挽き鋸が現れて、木材の加工、とりわけそれまで貴重品とされていた板材の加工が容易となりました。
板材はそれまで、丸太にのみを打ち込んで割り裂き手斧ややりがんなで削って仕上げていたものが、この大鋸の出現により、天井や壁などに板を豊富に使えるようになりました。
そして、今でも目にする台鉋(カンナ)が出現し、この後、繊細な木割術によって設計された上流階級の住まいの建築には特に不可欠なものとなりました。

今でも新しい工法や技術によって、どんどんと建築の可能性は広がっています。
新しい技術による大空間や全面ガラス張りのような高層ビルなどなど・・・
しかし、その現代の発展は産業的・工業的発展で、急速な技術の発展は人間に謙虚さを忘れさせてしまうものになってしまいます。
技術ももちろん大切ですが、やはり、私たちには技術よりも何が自分に必要なのかを考えたほうが、精神的な開放感は感じられるのかもしれませんね。
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by 100nenya | 2005-03-30 15:13
暮らしの舞台となる住まい。
そんな日本の住まいを中心に日本の建築、また日本の街並、そして日本建築の中の意匠についてこれから書いていきたいと思います。

さて、『日本の住まい』といっても、いつの時代から取り上げるべきか?
私たち日本人の祖先が、その生活の様子を明確に残すようになったのは縄文時代。
そのときの竪穴住居から書こうか?
それとも稲作が行われるようになった弥生時代からか?
それとも農民の住まいが竪穴住居から平地式住居に変わった飛鳥時代からか?
そんなことからいろいろ考えてしまうが、和楽社中の一つの考え方である『七和三洋』といったことからすると、あまりに昔すぎると身近に感じることも難しいので、僕の主観で江戸時代を中心にします。
そう、僕の考えの一つでもある『古き良き時代の普通の生活』。
そんなものが生まれていった時代から。
今日、私たちが、『和風住宅』と呼ぶ伝統的な住まいは、江戸の生活から生まれたものです。
それまでの時代は、公家や貴族、そして武士を中心とした時代だったとすれば、この200年続いた江戸時代からは、ある意味では農民や商人などの庶民階級が主役に躍り出た時代であったともいえると思います。
すいません、もう少し歴史の話を続けます。
江戸幕府はご存知の通り江戸を首都とした幕藩体制を確立しました。
幕府は全国に広大な天領(領地)をもち、公家や社寺、大名、旗本を従え、鎖国政策によって全国市場を掌握して中央統一政権をつくりました。
だけど、ご存知のように黒船が現れるまでの200年間続いた、このような社会秩序が作られたことによって、社会の安定と生産力は向上したが、自然経済の農村社会を商品経済に巻き込み、同時に城下町などの都市生活を向上させて、商人は資本を蓄え、その結果領主の財政を窮乏させる矛盾を引き起こした。
そのような背景の中で元禄文化などの町人文化が台頭。
田舎町に行けば僕たちが今でも目にすることのできる土蔵造りや塗屋造りの蔵が多く普及した時代です。
そんな商家の住まいは、当時の武家住宅である書院造りや茶室建築に影響を受けてつくられた数奇屋造りが普通でした。
当時、幕府の厳しい掟によって、贅沢な家作は禁止されていたにも関わらず、店の裏手には大規模で立派なすまいがつくられていたそうです。(やっぱり成金主義は今も昔もかわりませんね。)
そして当時の地方の農家の住まいはというと。
地方の農家も商家と同じで、村役人などを勤める家では、農業以外に肥料や造酒、質屋などを営み、資産を蓄え、家作にも、座敷には床の間や棚、付書院などがあり、接客を中心とする贅沢なものがつくられていきました。
また地方色豊かなすまいがつくられていったのもこの時代だと思います。
さて、そろそろまとめましょう。
ちょっと長々と歴史を書いてしまいましたが、住まいというのは、生活の中から生まれていくということ。それは当たり前の話なのですが、情報とモノに溢れてる現代、それがすごくあいまいになってしまってます。
その結果、私たちの時代にできた建物が何年もつでしょう?
ファッションのような感覚で住んだ家やマンションに、自分たちの子供やまた孫がずっと住み続けてくれるでしょうか?
谷崎潤一郎は、『陰翳礼賛』の中で次のように書いています。
「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの祖先は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全くの陰翳の濃淡に依って生まれているので、それ以外に何もない。」
どこかのテレビ局のリフォームの某テレビ番組の匠とか言ってる人に聞かせたいぐらいの言葉だ!

そんな歴史と、そんな歴史(時代)や風土の中でできていった住まいや暮らしから、良いものも悪いものも、また変わってしまったもの、変わらないもの、この島国で生まれ育った日本人の知恵や感性、人の欲望、そんないろんなものが見えてくればいいなと思っています。
そして、その中で現代の僕たちの暮らしを考え、自分たちのヒントが見つかっていけばいいと思い連載をはじめたいと思います。
(著・岩井慎悟)
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by 100nenya | 2005-02-20 00:30