日本建築・日本の街を考えていきます。(岩井慎悟)


by 100nenya
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2005年 04月 17日 ( 1 )

伏見の街

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伏見と言えば、伏見桃山時代の城下町・幕末の寺田屋騒動、そしてお酒といったものが有名で京都以外の方も知っている人は多いと思います。

その元々城下町としてつくられた伏見の街は、天下人(秀吉)の城下にふさわしく、小細工のない整然たる区画でつくられました。そして、その骨格は今もそのまま続いて残っています。

伏見は、高瀬川や宇治川、淀川といった水路によって各地で結ばれた土地で、物資の移動の道であったと共に旅籠・遊廓が繁盛し、各種の問屋が軒を連ね、非常に繁栄した街です。
しかし、明治になり鉄道が敷設されると、船運はたちまちさびれていきました。
その低迷を救ったのが酒造です。

江戸時代初期には80軒以上あった造酒屋も、明治のはじめにはわずか7軒となっていたそうですが、大正から昭和の初期にかけて造酒量が急増していきました。
ですので、今、伏見の街に建ち並ぶ酒倉は、明治末期から大正・昭和初期のごく短期間の間に建てられたものです。

どれもほとんど同じような造りの酒倉が建ち並んでいる街はとても美しく、そして今の私達には、とても日本を感じる風景なのですが、残念ながらマンション業者の進出により酒倉が破壊され中層マンションに変わっていっています。
マンションが建ち並ぶ風景を見て、ノスタルジーを感じる時代が来るのでしょうか?
守っていきたいですね。
日本の姿、日本の風景、そして日本人の心を。
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by 100nenya | 2005-04-17 00:37 | 日本の街並みを考える