日本建築・日本の街を考えていきます。(岩井慎悟)


by 100nenya
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2005年 04月 03日 ( 1 )

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 宿場町は、街道沿いに長く延びる線的構成の町ですが、城下町は城を中心に広がる平面的な構成の町になっています。
そして日本の都市の多くは、その近世の城下町が基盤になっています。
例えば、政治や行政を行う県庁などの場所は、城跡もしくはその近辺に建っていることが多く、また城下町の多くは町割という都市計画が行われていたので、寺町や塩屋町・鍛冶町・大工町などの地名が残されていたりその情緒や名残が感じられる場所は多く存在します。
 しかし幕末40以上も残っていた天守は、明治維新の際に前時代の無用の長物として次々に取り壊され、また太平洋戦争時にアメリカ軍の空襲により焼失してしまい、現存では12天守となってしまいました。
観光としてだけではなく、街の顔(シンボル・ランドマーク)ともいえる城があるのとないのとでは街の印象が大きく違いますね。
 ただ、萩などお城は残っていなくても城跡を中心に、家臣の屋敷や商人・職人の家が意図的に配置され、塀や道路あるいは用水路が計画的に作られていたということが今でもよくわかる城下町もあります。

 昔、犬山の明治村のキャッチコピーで、『私達が行っても懐かしい』というものがありましたが、現存する城や城下町、また宿場町や港町・門前町など散策すると、その時代を知らない私達でも懐かしく、また現在の都市での生活を考えさせてくれます。
 高層ビルがその街のランドマークになるのもいいかもしれませんが、どこへ行ってもその地域性や風土を感じられない同じような『街の顔』より、地域や風土から微妙に違う昔のような街や街の顔があった方が、私個人としてはおもしろいと思うのですが・・・
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by 100nenya | 2005-04-03 17:53 | 日本の街並みを考える